主観と客観 vol.142

  • 2017.04.29 Saturday
  • 23:45

JUGEMテーマ:エッセイ

 

私は「私」としてこの世にやってきた。

そして「私」のまま生きて、

いつしか「私」の歩んだ人生を終えるのだ。

人は誰しもそうやって、それぞれの「私」を生きている。

 

「私」の人生の主人公はいつでも私という「自我」。

意識する、しないに関わらず、
「私」はすべてのことを自分の意思で決め、動き、生きている。

そして自分の目で見たこと、自分の耳で聞いたこと、

自分の口で食べたものの味を、直接感じて主観する。

 

幼い頃の「私」は主観するだけでよかった。

果物は美味しい、コーヒーは不味い、

お花はきれい、ドブは汚い、

あの子は優しいから好き、この子は意地悪だから嫌い・・・。

 

けれど大人になればそんなことばかりは言っていられない。

人間関係が死ぬほど苦しくても、生活のために退職できなかったり、

大嫌いな上司との飲み会を、立場的に断れなかったり、

後輩にいつもイライラしているのに、いい先輩のふりをしたり。

本当はそうしたくないのに、そうしてしまう自分がいて、

そんな自分が大嫌いになるときもあったりする。

 

人生は決していいことばかりじゃない。

けれど人生はとってもシンプルなものだと私は思うのだ。

大人になればなるほど人生はシンプルになる。

 

むしろ子供時代の方がよっぽど複雑で過酷ではなかったか。

40人近くいるクラスメートたちはみな、主観しか持ち合わせておらず、

どんなに思いやりのある行動をとったとしても、

それは主観の域を出ない。

純粋で楽しい時間と、妥協のない主張が共存する子供時代は、

大人が思っている以上に厳しかったりもする。

 

それに引き換え大人になれば、

自分の生き方を自分で決められるのだ。

親や先生の言いなりになる必要もなく、

本当にやりたくないことはやらなくてもいい。

自分の選択したことに責任さえ取れるのであれば、

人生は自由そのものだ。

 

自分自身を客観的に捉えてしまえば、

自分の思いがどこに繋がっているのかがすぐに分かる。

それが分かれば行くべき道もすぐに分かるから、

人生は思いのほかシンプルになる。

 

人間関係が死ぬほど苦しくても退職できないのは、

本当は新しい生活を恐れているのかもしれない。

 

大嫌いな上司との飲み会を断れないのは、

本当は人に嫌われるのが怖いからかもしれない。

 

こんなふうに一つ一つを客観的に見ることができたら、

何を解決すべきなのかがすぐに分かる。

不安や恐れを手放すことが、

人生をシンプルにする秘訣かもしれない。

 

主観を客観的に見つめることで、

本当の「私」が始まるのだ。

 

 

 

・・・つづく・・・

 

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