学びとは気づくこと vol.187

  • 2018.03.05 Monday
  • 01:04

JUGEMテーマ:エッセイ

 

生きるということは、

肉体を持って経験することである。

生まれた瞬間から死ぬまでの間、

良いことも悪いことも

ただひたすらに経験する。

そしてその経験をどう活かすかが、

人生にとってとても大切なのだ。

 

たとえば何かに失敗した時に、

ただ嘆き悲しむだけならば、

その経験は悲しい記憶でしかない。

失敗という経験が活きてくるのは、

その理由に気づいて改善した時だけなのだ。

 

この「気づき」こそが人生の学びなのである。

 

傷つくことを怖れて自分の殻に閉じこもっていれば、

経験が少ない分、傷つく機会は減るだろう。

けれど気づく機会も学ぶ機会も減るのだから、

それはただ「生存」しているに他ならない。

 

人生の学びとは、

自らの経験と気づきがあってこそ得られるものであり、

たとえ何百冊の本を読んだからといって、

たとえ大金を払ってセミナーに参加したからといって、

自発的に気づかない限り学びは存在しないのだ。

 

愛する人を失った悲しみ、

家や会社を失った絶望感は、

実際に経験した人にしか分からない。

傍から見ればそれは不幸でしかないだろう。

けれど葛藤をくり返しながらも乗り越えた時に、

その経験は大きな学びとなり得るのだ。

そしてそれができた人こそが、

他人に最も優しくなれるのである。

 

敢えて不幸を選択する必要はないけれど、

もしも辛い出来事が降りかかってきたならば、

その経験は必ずや宝になると信じることだ。

どんなに時間がかかっても、

どんなにくじけそうになっても、

自ら気づいて学んだことは、

紛れもなく人生を豊かにするのだから。

 

愛を表現すること、

目標を達成することの至福、

物事がうまくいかない時の悔しさ、

出会いと別れ、

花の香り、とろけるような果実の甘さ、

そのどれもが肉体あっての経験なのである。


生きるとは経験すること。

学びとは経験して気づくことなのだ。

 

せっかく肉体を持って生きているのだから、

私は五感の限りを尽くし、

いろんなことに気づいていたい。

 

そしてやがて迎える「死」という最後の経験を、

私は穏やかに迎えたいと思うのだ。

 

 

 

・・・つづく・・・

 

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