前世を思い出すということ vol.19

  • 2016.11.27 Sunday
  • 21:28

JUGEMテーマ:エッセイ

 

ある日、知り合いの女性が前世占いへ行ってきたというので、

どうだった?と聞いてみたところ、

 

「私の前世は中世ヨーロッパの小国のお姫様なんだって・・・。」

 

と、はにかんで答えたのだった。

本人には悪いけれど、私は笑いをこらえるのに必死だった。

なぜなら、別の知人が少し前に受けた前世リーディングでも、

やっぱり中世ヨーロッパのお姫様だと言われ、

本人がたいそう喜んでいたからだ。

そしてそれ以外にも、私はたくさんの中世ヨーロッパのお姫様を知っている。

 

こんなにお姫様の多い中世のヨーロッパには、

一体いくつの国が存在していたのだろう。

もしくは平民を指す呼び方がお姫様で、それ以上の位の人は、

お姫姫姫様とかいう呼び方だったのかもしれない。

それなら納得ができる。

 

たとえばお化粧品売り場で、ビューティーアドバイザーから、

「うわぁ、お客様、実年齢よりお若いですね! ビックリー!」とか、

「前回いらっしゃったときよりも、格段にお肌の状態が良くなっていますよ!」

と言われたら、もう嬉しくって、それだけでお肌がツルツルになるというものだ。

プロフェッショナルが発する言葉には、それだけの威力がある。同時に責任も。

 

それと同じように、あなたの前世はお姫様ですよと言われたら、

どんな女性もなんとなくウキウキ、もしくは、逆立ちするくらい嬉しくなるだろう。

それくらい「お姫様」という響きは、女性たちの心をくすぐるスペシャルな言葉なのだ。

 

前世占い、もしくは前世リーディングをする人は、

顧客の何を以て「あなたの前世はお姫様ですよ」と言っているのか分からないが、

私の経験から、自分の前世を本当に知りたいなら、

他人の口から出たものを信じない方が良いということだ。

 

もし他人の力を借りて自分の前世を知るのなら、

精神科医もしくは催眠心理療法士の資格を有する人から、

逆行(退行)催眠をかけてもらい、

あくまでも自分自身で記憶を思い出していくことが大切だと思う。

 

自分で記憶を思い出すことによって、

過去の人生の問題点を自ら振り返ることができるから。

それが今生の課題として具現していることを、自分ならば理解できる。

 

他人の口から出た言葉で、いくら問題点を指摘されても、

本人に自覚がなければ、それを受け入れることはできないだろう。

受け入れられないなら、前世を知る意味はないのだ。

 

そしてもっと言えば、他人の力を借りずに、

自力で前世を紐解いていく方が効果絶大だということ。

自力で思い出すということは、

だれに気兼ねすることもなく、自分のペースで思い出せるという利点があるからだ。

 

自力で自分の前世を思い出すことは決して難しいことではなく、

心と体の準備さえ整えば、むしろ思い出すことの方が自然だと私は思う。

 

ある日突然自分の前世に出会う人は、実はとても多いのだ。

そしてそういう人は特別霊感が強いわけでもなく、

本当にある日突然前世を思い出すようだ。

そして大抵の場合、自分の前世を知って大ショックを受ける。

その後一週間くらいは大泣きするという。

 

私の場合は一ヶ月間泣き続け、そしていつの間にか楽になっていた。

 

そうやって自力で思い出したり、催眠術によって思い出した人の前世は、

お姫様でも何でもなく、ましてや中世のヨーロッパに限ったことでもなく、

世界中のあっちこっちの小さな村の、農民や平民であることがほとんどだ。

 

もちろん本物のお姫様を経験している人もいるだろうが、

その確率は極めて低い。現在の一般市民とお姫様の比率を見れば明らかだ。

 

真っ先に思い出す前世は、直前の前世とは限らないらしい。

特に苦しんだ人生、悲しかった前世が圧倒的に多いようだ。

なぜなら後の人生に莫大な影響を与えている分、

そこを改善する必要があるからだ。

 

前世を思い出した人が大ショックを受けるというのはそういうことなのだ。

だからその覚悟ができたなら、自分の前世を知れば良いし、

その覚悟がないのであれば、前世なんて気にしない方が良いと思う。

 

ただ、人生を変えてしまうほどの嫌な思い出は、

潜在意識がコントロールしてくれるので、

心の準備ができるまでは見ないようになっているらしい。

潜在意識って本当に天才だ。

 

では自力で前世を知るためにはどうしたらいいのか。

瞑想中に思い出したという話はよく聞くが、

私の場合は、前世についての本を色々と読んで、

知識と意識が深まったところで突然前世を思い出したのだった。

 

いちばん最初に読んだ本は、友だちが贈ってくれた、

「魂の伴侶」(ブライアン・L. ワイス著)という本だ。

実はこの本をもらってから10年ほど放置していたのだが、

ある時、急に読みたくなって棚から引っ張り出したのだ。

これが、心と体の準備ができた状態なのだろう。

 

そしてこの本をきっかけにして、色々な本にたどり着き、

様々な角度から紐解いていくうちに、

ある夜、何の前触れもなく、ドッカーンと、

過去の人生のひとつを、丸ごと思い出してしまったのだった。

 

その瞬間、私は今までこんな泣き方をしたことがないというくらい、

狂ったように、死ぬほどに、泣いて、泣いて、泣き叫んだのだ。

 

その前世を思い出したことによって、なぜ自分に辛いことが起こる度に、

「死にたい! 死にたい!」と思っていたのかがはっきりと理解できたのだった。

それは子どもの頃の生育環境のせいだけではなかったのだ。

 

ある人生で私は、まだ生まれて間もない娘を残して、

自殺してしまったのだった。

小さな、小さな赤ん坊を残して、私は自死してしまったのだ。

 

そこには語るのもはばかられるほどのおぞましい宗教的理由があるのだが、

それでも残され娘と夫のことを思うと、

私はやっぱり自死してはいけなかったのだ。

 

自殺してしまうほどの苦しみの中ででも、

私は最後まで娘を思って生きなければならなかったと、今ならそう思う。

自分の体にも本当に申し訳ないことをしたと、心から反省したのだった。

 

私が今生、自分の子どもを愛せない母親の下に生まれたのは、

もしかしたら自分を強くするためだったのかもしれないと思うようになった。

もう二度と自殺することがないよう、心を鍛え、魂の癖を修復するために、

あえて辛い子ども時代を送ることを選んだのかもしれないと。

 

そして生まれて間もなく、母親を失った娘の悲しみや苦労を経験するために、

私は辛い子ども時代を選んだのかもしれない。そう思うようになったのだ。

 

実は今、その最愛の娘は、私のすぐそばで生きている。

そのことに気づいたとき、私は死ぬほど泣いて、

前世の娘をギューッと抱きしめたのだった。息が止まるくらいにギューッっと。

前世を思い出すということは、そういうことだ。

 

ひとつの前世を思い出すと、色々なことに気づく。

そして他の前世も思い出すようになる。

自分の特技や妙に気になるものの理由さえも、ひとつずつ解明できるようになるのだ。

 

それはまるで巨大なパズルのパーツが、

少しずつ埋まって一枚の絵になっていくようなそんな感覚で、楽しいことも多い。

 

けれど、ひとつだけ忘れてならないことは、

前世を知るということは、現在を生きるヒントにはなるけれど、

それ以上のことは何もないということ。

 

前世は既に過ぎ去ったもの。そして来世はまだ存在しないもの。

だから今生の責任は今生にあり、今生の罪は今生で償わなければならないということ。

 

そしてもしやるべきこと、やりいたいことがあるのなら、

今の人生でしなければ意味がないということ。

生まれ変わったら何々になりたい、何々をしようなんて思考は全くの無意味なのだ。

 

「前世」は逃げ道ではなく、現在をより良く生きるための道しるべ。

前世を知ったことにより、私は自信を持ってそう言える。

 

だから今生、私は残された人生を、今まで以上に自分の体を大切にし、

そして天寿を全うするその瞬間まで、力いっぱい生きようと思うのだ。

前世で達成できなかったことを今生でクリアできるよう、

しっかり生きてみようと思うのだ。

 

あるひとつの前世が、私にそう思わせてくれたのだった。

 

 

 

・・・つづく・・・

 

 

 

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>

 

selected entries

categories

archives

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM